図太さもなければレーシングライダーはやっていられない

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.18 「“気にしない”はチャンピオンの資質?」

  • 2019/10/1

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第18回目はマルケスの強さに迫ったあと、懐かしいお宝を次々に発掘します。

TEXT:Go TAKAHASHI

MICHELIN

かつて1度だけ、表彰台でブーイングされた……らしい

ちょっと前の話になりますが、MotoGP第13戦サンマリノGP、マルク・マルケス(レプソルホンダチーム)とファビオ・クアルタラロ(ペトロナスヤマハSRT)の最終ラップバトルは見応えがありましたね!

ただ、クアルタラロのストレートでの抜かれっぷりはちょっとかわいそう……。ミザノサーキットのストレートの短さを知っているだけに、見ていて辛かったです。

マルケスもギリギリのスゴい走りでしたが、優勝を決めた後のブーイングもスゴかった(笑)。サンマリノGPの風物詩みたいになってますね。

僕は現役時代、ほとんどブーイングされたことがありません。1度だけ、’98年マレーシアGPの最終ラップで、当時250ccクラス参戦初年度だったバレンティーノ・ロッシを転ばせてしまった、と見えたようで、表彰台でブーイングされた……らしいです。

実際は彼が単独でハイサイドを食らっただけだったのですが、角度によってはインを突いた僕がロッシと接触したように見えたんだとか。

それで優勝した僕にブーイングが浴びせられた……らしいのですが、どう思ったかも何も、気付きませんでした。後でジャーナリストの遠藤智さんに「哲っちゃん、ブーイングすごかったね」と言われて、「あ、そうだったの?」と(笑)。

そんな’98年マレーシアGP以外でも、もしかしたらブーイングやヤジや批判があったのかもしれませんが、僕はそういうのを気にするタイプじゃないし、そもそも外国の人たちが何を言ってるか分かんない(笑)。何も気にせず走りに集中できたので、かえってよかったのかな、と思ってます。マルケスもそうだけど、図太いところがないとレーシングライダーなんてやっていられませんしね。

僕自身は、愛されキャラでも憎まれキャラでもなかったとので、ひどく何かを言われるようなことはありませんでした。それに、自分で言うのは気が引けますが、玄人受けするレース展開が多かったように思います。それが僕の特徴になっていた。だから割と許されることも多かったのかな、と(笑)。

目の肥えたレースファンは、そういうライダーを好みますよね。日本人で言えば、「ニトロ・ノリ」と呼ばれて各国に熱狂的なファンがいた芳賀紀行くんがいい例です。僕とはタイプが違ってずっとアグレッシブだったけど、玄人受けする特徴的なライディングでファンを魅了していました。

……まあ、それにしてもサンマリノGPでのマルケスに対するブーイングはちょっとひどいですけどね(笑)。ロッシファンが面白がってやっているようですが、ロッシもそろそろ止めたらいいんじゃないかな……。

ただ、そんなことにメゲるマルケスではありません。ここまでの14戦で、完走している13レースは優勝が8回、2位が5回。つまり悪くても2位。凄まじいリザルトです。

彼の長所は、欲だと思います。「勝ちたい」という欲が、誰よりも強い。ただ、この欲がくせ者で、欲をかきすぎるとろくなことになりません。「あとちょっと」という欲張りが、転倒やトラブルを招くんです。僕も現役時代には何度も痛い目に遭いました。

欲を原動力にしながら、欲張りすぎずにガマンすることが大事なんですが、今年のマルケスはガマンしているようにも見えないんですよね。マシンとのペアリングも含めて、本当に絶好調なんだろうな、と思います。

現役時代のツナギやグッズに久々のご対面

ところで、先日実家に寄って倉庫を整理していたら、現役時代のツナギがたくさん出てきました。自分ではしまった記憶がまったくなくて、全部捨てちゃったかと思っていたら、母がちゃんと保管しておいてくれたようです。

予想以上に保管状態は良くて、ちょっとカビが生えているのが1着だけ。母には「仏壇の前に干しとくかい? 父ちゃんも喜ぶよ」なんて言われつつ、ツナギを見ていると着ていた当時のことがいろいろ蘇ってきますね。感慨深いものがありました。

Telkor YAMAHAに始まりアプリリア、ホンダに至るまでのツナギ。いい状態で保管されていたようです。

ただ、一番驚いたのは昔のツナギがペラペラなこと! パッドがへたっていることを差し引いてもペッタンコで、「よくこんな薄いツナギで走ってたな……」とちょっと怖くなりました。今のツナギは立体裁断で厚みもあるし、プロテクターもしっかりしていますからね。マシンと同じで、装具も進化しているんですね。

アプリリア時代のカラーに塗ったレプリカポケバイも出てきました。父にプレゼントするために作ったものですが、「カッコいいな」と喜んでくれたことを思い出します。子供の頃に実際に乗ってたポケバイも取ってあるんじゃないかな。機会があったら、さらに倉庫を捜索してみようと思います。

アプリリアファクトリーカラーのポケバイ。
スペックは不明。

ケニー・ロバーツの後ろに乗って、エビスサーキットを体験!

9月22日は東北・福島復興イベント「モトフェス福島」に参加してきました。ケニー・ロバーツさんにも会って、夜はホテルに呼び出されて宴会です(笑)。でも夜10時ぐらいになったら「シーユー・トゥモロー」とか言ってさっさと引き上げるんです。呼び出しておいてこれですからね、ケニーのとっつぁん、相変わらずです。奥さんのトモコさんも言ってたけど、ケニーは僕のことが大好きなんです(笑)。

本当に仲がよさそうなのが、見る側にも伝わってきます。

モトフェス福島では、ケニーが走らせるXSR900の後ろに乗ってサーキットを走りました。人の後ろでサーキットを走るなんて初めてです。どうだったかって?「うおーっ!」「おおーっ!」って感じでした。ま、なかなか上手でしたよ(笑)。

という冗談はさておき、「やっぱりケニーはすごいな!」と思ったのは走りのメリハリです。ブレーキングではしっかり減速して、速度が落ち切ったところでクルッと向きを変え、しっかり加速する。大好きな僕を乗せてのタンデムだったからそんなに飛ばしていませんでしたが、その中でも減速、向き変え、加速のメリハリをすごく利かせていて、いい経験になりました。

最後になりましたが、台風15号で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。特に僕の出身地である千葉は、今も生活に困っている方たちが多く、心が痛みます。

ライダーの方たちにぜひお願いしたいのは、自粛せずにツーリングに出かけてほしい、ということです。立ち入りができないような区域は避けていただきながら、できるだけ現地に行ってほしいと思っています。

被災された方たちは、いち早く元の生活を取り戻そうと頑張っておられます。ライダーの皆さんがツーリングに出かけ、現地で食事をしたり、お土産を買うだけでも、十分な支えになるはずです。少し先になりますが、僕も房総ツーリングをしようと思っています。

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原田哲也

原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。