【高尾山古墳】愛鷹山の南麓・標高20mに築造された3世紀前半の前方後方墳。築造時は浮島沼の最奥の港からほど近い場所に位置し、東海道の交通の要所だった。前方後方墳は東海地方から東に分布する古墳形状で、築造は230年頃、埋葬は250年頃とされ、全長約62m、全幅約34mと巨大なことから、この地方の有力者・駿河国最初期の王の墓だと推測されている。
伊豆半島北部の沖積平野である田方平野とその周辺を巡り、伊豆半島が本州に衝突したことの痕跡とその後を、BMW R1250Rで辿る。隆起した山々、縄文海進/海退による沼地と平野の形成、そこに住んだ人々と古代王権について思いを馳せよう。 ⚫︎文/撮影:田中淳磨(輪) ●BRAND POST提供:BMW Motorrad 目次 1 いまも動き続ける伊豆半島。地形も人の営みもつくった2 動き続ける伊豆と断層 […]




































