走行中、応援の旗は結構見えてるものなんです

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.89「母国GPでの優勝は特別なうれしさがある」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第89回は、3年ぶりに開催された日本グランプリの話題を中心にお届けします。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:DUCATI, HONDA, RED BULL, YAMAHA

ミシュラン パワーGP2

日本人にとって16年ぶりの母国GP優勝

今週末は3年ぶりに日本GPが開催されました。「ようやく……」という感じで、まずは開催されたことを喜びたいと思います。そして何より、Moto2での小椋藍くんの勝利! 日本GPで日本人ライダーが勝つのは2006年の青山博一くん以来16年ぶりということで、こちらの「ようやく……」という感じですね(笑)。

藍くんはレース序盤、少しフィーリングが悪かったようで、2コーナーでうまくクリッピングポイントに着けないなど、苦戦しているように見受けられました。挙動がギクシャクしていましたよね。でも周回を重ねるごとにフィーリングが良くなっていったのか、自分でライディングを合わせていったのか、どんどんスムーズでいい走りに。

トップを走っていたロペスを抜くタイミングも見事に計っていましたので、もしかしたら序盤はタイヤを温存していたのかもしれませんね。いつもはクールな藍くんですが、さすがに喜びを爆発させていて、こちらも胸が熱くなりました。僕も鈴鹿サーキットとツインリンクもてぎ(当時)での優勝経験がありますが、母国GPはやっぱり特別、うれしいものです。Moto3で3位表彰台だった佐々木歩夢くんも、相当勝ちたかったでしょうね……。

Moto2を制した小椋藍選手。ジワジワと順位を上げ、安定した走りで最後は2位と1.192秒差のゴール。

世界で戦っていると、自分の中に知らず知らずのうちにナショナリズムのようなものができてるんですよね。そんなに大げさなものじゃないんですが、日本GPで日本のサーキットに帰ってくると、「ああ、やっぱり自分は日本人なんだなあ」と強く思います。チームも「どうにか勝たせてやろう」と思ってくれてるのが伝わってくるんです。

何よりもファンの存在がとても大きいです。意外かもしれませんが、走行中、応援の旗って結構見えてるものなんですよ。海外GPでも日の丸を目にすることはありますが、それは僕以外の日本人ライダーの応援かもしれない(笑)。でも日本GPだと、日の丸に「#31」とか「原田」とか書いてあるのが見えて、「ああ、応援してくれてる人がいるんだな」と、やっぱり気合いが入ります。

すごくうれしくて、現役の時も、実はレース中でも毎周手を振りながらラップしたいぐらいだったんですが、さすがにそんな余裕はありません(笑)。でも、とにかく母国GPではファンの存在のありがたさを実感できます。……という感じで、ライダーたちは結構応援の旗を見ています。ぜひサーキットに足を運んで旗を、手を振って応援してあげてほしいと思います。

藍くんは、確実にチャンピオンを獲れるところにいます。ぜひとも頑張ってほしいところですが、ここからの4戦は本当に大変でしょうね。より多くのポイントを得るためには攻めないといけませんが、攻めることは当然リスクにつながります。そのあたりのマネジメントは、かなり厳しいものがあります。

ただ、ここまできたら小細工をしても仕方ありません。残り4戦、すべてのレースを勝つつもりで、悔いの残らないシーズンにしてもらいたいと思っています。チャンピオンを獲っても獲れなくても、1戦1戦精一杯戦うことが、来シーズン以降につながってくるはずです。

母国GPでの優勝に喜びも爆発。16年前に日本人最後の母国GP優勝を記録していた青山博一さん(右写真の左端)が小椋藍選手のチーム『ホンダ・チーム・アジア』の監督というのも縁を感じさせる。

Motoの佐々木歩夢選手もトップを走ったものの逃げ切れず3位に。

バニャイアはノーポイントながら、差は大きく広がらず

MotoGPクラスはドゥカティのジャック・ミラーが独走優勝。最近では珍しいぐらいのブッチギリで、完勝という感じでした。本人も「こんなレースができるなんて思っていなかった」と言ってましたね(笑)。一方、チャンピオン争いの接近戦を繰り広げているヤマハのファビオ・クアルタラロとドゥカティのフランチェスコ・バニャイアは、どちらもパッとしませんでした。最終ラップでバニャイアが転倒してしまいましたが、クアルタラロも8位でしたので、ポイント差はそれほど大きく広がりませんでしたね。

ウイニングラップでは涙も流したというジャック・ミラー選手。来シーズンはKTMへの移籍が決まっている。

バニャイア選手は最終ラップにクアルタラロ選手を抜こうと勝負に出たが転倒してしまった。

バニャイアが転倒した時、なぜか拍手をしていました。僕は、クアルタラロを巻き添えにしなかったこととか、攻め切った自分に対して拍手したのかと思いましたが、モナコにいる原田家の女性陣にそう言ったら「パパはまだイタリア人が分かってないのね。あれはイタリア人がよくやる、『やっちまったぜ』のアクションよ」と言われ、「そういえば、そうか……」と思いました。実際バニャイアはレース後のインタビューで「あの拍手は、馬鹿みたいな操縦をした自分に対してさ」と言ってましたしね。女性陣、正解でした(笑)。

これでクアルタラロとバニャイアのポイント差は18点。チャンピオン争いは、相変わらずバニャイアが有利かな、と思っています。残り4戦のうち、最終戦バレンシアを除くタイ、オーストラリア、マレーシアの3戦は、エンジンパワーがものを言うサーキット。ドゥカティが強いのではないか、と予想しています。バニャイアはもてぎでのミスを反省して、今まで以上に集中してレースに臨むことでしょう。クアルタラロに余裕はなく、ここからは精神力の勝負になってくると思います。

ヤマハの日髙社長とクアルタラロ選手(左)。苦しい中でも8位のポジションを守り抜いた。

前戦アラゴンGPで復帰したマルク・マルケスは、日本GP予選でポールポジションを獲得しました。レインコンディションだったとはいえ、いや、レインだったからこそ、ライダーとしての格の違いを見せつけた格好になりました。決勝は4位でしたが、あっさりホンダ勢のトップリザルト。やっぱりこの人はズバ抜けています。

アラゴンGPに話が遡りますが、スタート直後にマルケスを軸にして発生したクラッシュについて、マルケスを責める声が大きいようです。マルケスはクアルタラロに追突され、その少し後に中上貴晶くんに追突され、確かにレースを引っかき回したように見えます。でも、最初のクアルタラロの追突に関しては、マルケスはまったく悪くありません。リヤをスライドさせてしまうことはよくありますし、クアルタラロも抜こうと思って接近し、スロットルを開けていたタイミングだったので、マルケスが言った通り不運なクラッシュだったと思います。クアルタラロもマルケスを責めてはいませんでした。

ただ、クアルタラロとの接触によってマシンに異変が発生したなら、直ちに回避行動を取れなかったのかな、とは思いました。本来ならラインを変えるべきだったと思いますが、スタート直後で密集していたので、急激な進路変更はかえって危険だったかもしれません。でも、手や足を上げて後続に合図を出していれば、中上くんの追突は避けられたのではないでしょうか。とっさの難しい判断ではありますが、何らかのアクションをしていれば無用なクラッシュを避けられたのではないかと思います。

残り6戦というタイミングで復帰し、チャンピオンシップ争いに関係ないマルケスが、ランキングトップのクアルタラロを巻き込む形になったことを責める声もありますが、それは完全に言いがかりです。マルケスはもちろんのこと、他のどのライダーも、自分のレース、自分のシーズンを戦っています。チャンピオン争いをしているライダーに対して、忖度する必要はまったくありません。

それにしても、まだ完調ではないにも関わらず日本GPでは4位でフィニッシュしたマルケス。今シーズのホンダの不調が、マシンの問題なのか、ライダーの問題なのか、ちょっと分からなくなりましたね。ホンダは今シーズン、かなり開発の方向性を変えて「誰もが速さを発揮できるマシン作り」を謳っていましたが、それが正解だったのかどうか……。結果的にマルケスだけしか乗れないマシンになっているのか、それともやっぱりライダーの問題なのか、洗い直しが必要になりましたね。残り4戦のマルケスの戦いが、来シーズンのマシン開発に大きく影響しそうです。

雨のポールポジションで喜びを噛み締めるマルケス選手。1071日ぶり、2019年の日本GP以来のPPだった。

復帰2戦目は総合4位だがホンダ勢ではダントツ。格の違いを見せつけた。

RG500Γに乗るために九州へ!

昨年に続きチーフインストラクターを務めた。

9月半ばに日本に来てからは、袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催されたDRE(ドゥカティ・ライディング・エクスペリエンス)のレーストラック・アカデミーに、チーフインストラクターとして招いていただきました。各インストラクターの方たちを通じてライディングのレクチャーをしたり、コースで走りをチェックしてワンポイントアドバイスをしたりと、結構忙しいんです。9時から16時までで、僕が休めたのは20分(笑)。でも、本国イタリアで組まれたスペシャルプログラムに則っていて、参加者の方たちにはかなり充実の1日になったのではないでしょうか。

DREは個別の2日間でしたが、2日目はあいにくの大雨。コースチェックのためにアウディのマーシャルカーで周回しようとしましたが、「アンダーパネルが外れるからやめた方がいいですよ」と静止されるほど。サーキットの4駆を借りましたが、最終コーナーはスプラッシュマウンテンのようになってました……。雨天決行でしたが、2周ほどしか走れなかったので、皆さんのテーブルを回ってライテクトークをしました。少しでも楽しんでいただけたらうれしいのですが……。

マジカルレーシングの蛭田さんと。

先日は九州のSPA直入に行って、マジカルレーシングの蛭田さんが所有するRG500Γに乗らせてもらいました。行きは新幹線で新神戸まで行き、そこからは蛭田さん運転のハイエースでSPA直入へ。帰りはちょっと寄り道して、九州からフェリーで四国・愛媛に渡り、大鳴門橋~淡路島~明石海峡大橋というルートで再び新神戸まで。そこから新幹線で帰宅しました。

「バイクに乗れる」ということだけで、ちょっとした旅行になってしまいましたが、やっぱり自分はバイクに乗りたいんだな、と改めて思いました。実は四国に行ったのは初めて。すごくいい所だったので、今度はゆっくりと時間をかけて回ってみたいと思っています。

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