●文: Nom(埜邑博道) ●取材協力(外部リンク): バイク弁当, ヨシムラジャパン, モリワキエンジニアリング, RKジャパン
POPの生涯を通して、日本のバイク、レースの歴史を知り、チャレンジスピリットを感じて欲しい
11月5日投稿の記事でお知らせした、ヨシムラジャパンの創設者で、バイク用集合マフラーの生みの親である希代の名チューナー・吉村秀雄さん、通称・POP吉村の生涯を数々の写真で振り返る「伝承 POP吉村 メモリアルコーナー」が埼玉県・小鹿野町のバイクの森に11月27日にオープンしました。
その生涯を、バイクのエンジンチューニングとより速いレーシングマシンをつくることのみに費やし、1978年には、徹底的にチューンアップしたスズキ・GS1000でアメリカ・AMAのデイトナ200マイルレースを制したのちに、7月末に鈴鹿サーキットで開催された第1回鈴鹿8時間耐久レースでは無敵艦隊と言われたホンダ・RCB艦隊を撃破。
社員数人の町工場が巨大メーカーのワークスマシンを凌ぐ性能を多くの観客の前で披露して、世の中に広くヨシムラの名前を轟かせたのがPOP吉村です。
若いライダーには馴染みの薄い遠い過去の人かもしれませんが、だからこそこのメモリアルコーナーを訪れて、POPの成し遂げたバイクの世界における偉業の数々を見て感じて欲しい、そういう関係者の思いでこの展示が実現しました。
バイクの森で営業するバイク弁当の左手にオープンしたメモリアルコーナーでは、縦2m30㎝、横4mの大きな写真パネルが3枚設置されていて、それぞれ「黎明 1937年」、「激闘 1972年 海外へ」、「飛躍 1980年〜」というテーマが掲げられ、1枚のパネルにテーマに沿った10数枚の写真が時代説明とともにプリントされています。
「黎明」、「激闘」、「飛躍」の3つのテーマでPOPの生涯を振り返る
「黎明」には、第二次大戦の終戦後に米兵相手にバイクのチューニングを始めて、まるで魔法のようにバイクを速くする技術に魅了され、また堪能な英語で若い米兵たちを叱咤激励する物おじしない性格に惹かれた彼らが名付けた「POP」という愛称が誕生した時代の、まだモノクロの写真が数多くプリントされています。
「神の手」とまで言われたPOPの指先から生み出されたカムシャフトなどのパーツを組み込まれたエンジンを積んだマシンが、福岡県の板付基地の滑走路を使用したレースで驚くほどの速さを見せつけて、徐々に吉村の名前が日本に広がり始めた頃が蘇ります。
とくに注目して欲しいのは、赤いお椀ヘルメットのPOPがBSAのバイクにまたがった写真。板付基地滑走路で開催されたゼロヨンレースのスタートシーンですが、400mをほかのバイクよりも早く駆け抜けるため、フロントブレーキは外され、燃料タンクはビニールチューブを用いるなど徹底的な軽量化を実施。
このときすでに、POPは軽量化がレーシングマシンにとって非常に重要なものであることを知っていて、その後のPOPがつくるレーシングマシンはカウリングなどあらゆるところに穴開け加工が施されるなど、その考えが徹底されていました。
「激闘」では、戦いの場をアメリカに求め、できたばかりの集合マフラーを引っ提げてAMAのスーパーバイクレースにチャレンジ。
アメリカ人のビジネスパートナーと設立した現地法人が乗っ取られ、アメリカにおける「ヨシムラ」の登録商標を取り返すために血のにじむような苦労を続ける中、AMAの数々のレースで勝利を重ね、1978年にはデイトナ200マイルに勝って、その勢いで第1回の鈴鹿8時間耐久レースもスズキ・GS1000で制覇し、「ヨシムラ」の名前をアメリカに続いて日本でも確立した時代の写真、そしてアメリカのバイク雑誌の記事のコピーが数多くプリントされています。
そして3枚目の「飛躍」には、8耐と言えばヨシムラ、ヨシムラと言えば8耐と称されるほどに、ほかのどんなレースよりも鈴鹿8時間耐久レースで巨大メーカーに打ち勝つことを目指した、現在まで続くPOPとヨシムラの戦いの姿が描かれています。
また、2000年に日本人としては本田技研の創業者である本田宗一郎さんに続く2人目としてAMAの殿堂入りした際に贈られたメダルの写真が誇らしげにプリントされています。
感動のトークショーで語られたPOPの凄さ
そして、記念すべきオープニングのこの日は、現ヨシムラジャパンの代表である吉村不二雄さん、POPの娘婿であるモリワキエンジニアリング代表の森脇護さん、そしてその奥様の南海子さんによるPOPの思い出を語るトークショーも行われました。
なかでも聴衆を感動させたのが、森脇さんが「初めて親父の話をするんですが」と前置いて語った、1960年代の後半にヨシムラに入社してから常に傍らで見続けてきたPOPのチューナーとしての凄さ。
「いまのMotoGPマシンにも採用されているような最新鋭のエンジン技術のすべて、カムタイミングやピストン形状などを親父は50年以上前から知っていて、それをすべて自分の手で削ったりして実現していました。いまのバイクの繁栄は、親父が培った技術が日本の4メーカーの技術者たちに大きなインパクトを与えたからに他ならないと思います」
コンピュータも、現在のような工作機械もない時代に、POPは自らの勘と経験と手で現在の最高峰マシンのエンジンと同じような仕様に仕上げていたというのですから、驚愕以外のなにものでもありません。
そして、オープニング当日は、生涯POPを支え続けた奥様の直江さんも96歳というご高齢にもかかわらず元気に列席し、テープカットも行ってくださいました。
「母は本当に苦労をしてきましたから、父が亡くなる前の病床で、母に『生まれ変わったらまた一緒になろう』と言ったときに返事をしなかったそうです。でも、亡くなってお棺に入った父に最後のお別れを言うときに、母は『また一緒になろうね』と声をかけていました」
南海子さんが語ったそんなエピソードは、思わず多くの人が目頭を熱くするほどで、チューニング一筋でほかのことは何もしない、できないPOPを献身的に支えた直江さんのために、このコーナーを実現したかったと語ってくださったのです。
「父は、巨大なメーカーを相手にずっと戦っていました。レースというよりも、父にとっては戦争でした。決してあきらめない、父の不屈のスピリットをここの展示を見ることで若いライダーの方々にも感じていただいて、父のDNAを持って帰って広めていただきたいと思っています」
「伝承 POP吉村 メモリアルコーナー」は、一人のチューナーの歴史を綴っただけではなく、まさにPOPがその生涯を通じて多くの人に伝えてきた考え方や思いを、将来に向けて継承してもらいたいという思いが込められたものなのです。
「日本の成長を支えてきたのは、まぎれもなくバイクでありクルマでした。いまの日本の繁栄は、バイク、クルマなくしてあり得ないもので、レースの世界もそれを後押ししてきたと思います。いま、カーボンニュートラルとか言われていて、エンジンもマフラーもないようなバイクやクルマになってしまうような風潮がありますが、そんなことは絶対にあり得ないし、我々がそうならないように守っていかなければいけないと思っています」
吉村不二雄さんがそう語ったように、バイクを愛し、バイクの性能を極限まで高めることで次の時代につなげ続けたPOPのチャレンジスピリットは、現在のヨシムラ、そしてモリワキにも確かに受け継がれていて、バイクの森のこのコーナーに力強く息づいているのです。
南海子さんは、2カ月に一度くらいはここにきて、POPの話を多くの人に伝えていきたいと考えていると言いますから、そういう貴重な機会を逃さずにこのメモリアルコーナーに足を運んでいただきたいと思います。
そして、これまでのバイク弁当、アライヘルメットミュージアムに加えて、この「伝承 POP吉村メモリアルコーナー」と同じ11月27日にチェーンメーカー・RKの「RKブース」もオープンして、小鹿野のバイクの森はライダーなら一度は訪れたいとても魅力的な場所になったことは間違いありません。
※バイクの森の営業日、営業時間は基本的にバイク弁当の営業日・営業時間に準じます。来館の際は、バイク弁当のウェブサイトにある営業カレンダーを必ずご確認ください。
『伝承 POP吉村 メモリアルコーナー』には伝説のマシンも
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