マルケスが’16 ~’18シーズンで3連覇を達成した。その立役者であるはずのホンダRC213Vは意外なほど目立つ存在ではなかった。そこには、真のオールマイティをめざすホンダの開発姿勢がある。
Text:Go Takahashi Photo:Honda/YOUNG MACHINE
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レースを取り巻く言葉は勇ましい。「第X戦」「バトル」「奪還」といった具合だ。レースは紛れもない戦い。世界最高峰のMotoGPともなれば、そのレベルは究極に高い。各メーカーは持てる技術の粋を尽くし、それ[…]
HONDA RC213V
#93 MARC MARQUEZ(マルク・マルケス)/#26 DANI PEDROSA(ダニ・ペドロサ)
あらゆるシーンで強さを発揮する 100点満点の最強優等生
「何でもお答えしますよ。答えられないものは答えませんが」
HRCレース運営室室長の桒田(くわた)哲宏は、そう言って朗らかに笑った。とてもオープンで柔らかい印象の人なのだ。
前任者の中本修平は、いかにも闘将といった様子で、いつも肩で風を切っていた。チームをパワフルに牽引し、09〜’16年までの8シーズンで4度のライダーズタイトルと5度のコンストラクターズタイトルを獲得している。
その後任として’17年からHRC監督となった桒田は、中本とは真逆と言ってもいいほどしなやかな雰囲気だ。しかし、スタイルの違いこそあれ、的確なリーダーシップを発揮していることは間違いない。中本からタイトルを引き継いだ桒田は、’17年、そして’18年とタイトルを守り続けているのだ。
「きちんと進化、進歩を続けられているのかな、とは思っています。’17年は最終戦までチャンピオンを決められませんでしたが、今年は第16戦日本GPでタイトルを獲れましたし。ただ、だからといって’18年が非常に良かったのかというと、満足できるところまでは行っていません。ライバルとの力関係も非常に拮抗したシーズンだったと思っています」
ホンダ・レーシング 取締役 レース運営室 室長 桒田(くわた)哲宏さん:’00 年にホンダに入社し、F1エンジンの電子制御などを担当。市販自動車の開発を経て、’10年からRC-Vの電子制御開発に携わる。’16年からはHRCの2輪レース部門を統括している。
現在のMotoGPはテクニカルレギュレーションの縛りが厳しく、実際にメーカー間のマシン性能差はわずかだ。そういった背景からも、「マシンの大きなアドバンテージはなかった」というのが桒田の見方だ。
だが、ホンダのマルク・マルケスは決勝が行われた18戦中14戦で表彰台に立ち、9勝を挙げていることを考えれば、桒田の言葉にはいくぶん謙遜が含まれていることが窺える。
チャレンジとともに やるべきことを探す
’17年型RCVは爆発間隔の変更という大きな飛躍を果たした。メリットとデメリットがあり、変更前と後どちらがいいというものでもない。
実際にライダーのコメントは「100点満点」などという甘いものではなく、的確に良し悪しの両面を突いてくる。それでもHRCの技術者たちはトータルパッケージとしてのパフォーマンスアップの可能性を見込んで、爆発間隔を変更することを選んだ。
現在のMotoGPでは、前年に表彰台に立ったチームはエンジン仕様を開幕前までに決定しなければならず、シーズン中のエンジン開発は凍結される。開幕して失敗に気付いても、後戻りはできないのだ。あらゆるチャレンジがそうであるように、爆発間隔の変更もまた賭けであり、’17年型はその賭けに勝ったのだった。
それを受けての’18年型については、「エンジン内部の何を変えたかはちょっとお話できないけども(笑)、大きく変化しています。やるべきことはまだまだあるんですよ」と桒田は言う。
爆発間隔の変更という大きなチャレンジを経ての’18年型は、底上げされたエンジンの基本性能をベースとして、さらなるパフォーマンスアップを狙った。具体的な技術的トライについて桒田は明かさなかったが、「手堅いアップデート、といったレベルではない」と断言する。 「’17年型での爆発間隔の変更、つまり点火時期の変更は、吸気や排気の順序が変わることを意味します。そこにはまだたくさん『やるべきこと』が潜んでいる。エンジンそのものの質量についても頑張りましたよ」と桒田は笑う。
吸排気系を見直し、フリクションを減らし、軽量化を徹底すれば、パワーアップや運動性向上が見込める。その一方、耐久性など新たな課題が湧いてくる。それらを丹念にクリアしていく地道な作業だ。
その結果、’17年型の課題だった加速力については改善し、パフォーマンスは上がった。だが桒田は「十分かと問われれば、まだ十分ではないというのが我々の認識」と言う。
実際のところ、マシン単体で見れば’18シーズンにおいてもっとも目立っていたのはドゥカティ・デスモセディチGP 18だ。近年のMotoGPではエンジンパワー=ドゥカティが常識になっている。だが桒田は、「強力なパワーを、しっかりとコーナー脱出時のトラクションに変えている。自分たちの強みを生かした車体作りが成功しているのだと思います」と、デスモセディチの強さはエンジンだけではないと見ている。
強みを生かしながら、トータルパフォーマンスを上げる。それはホンダがめざしていることでもある。
「以前のホンダはブレーキングが弱みだった。ヤマハさんにブレーキングで抜かれ、加速で取り返すという展開が多かったんですよね。そこで、もともとの加速力を生かしながら、ブレーキング性能を上げたんです。ところがブレーキング性能が上がると、相対的に加速性能が目減りした感じになったんです。あくまでも『相対的に』ですよ。そこで’17年型は加速力を高めるために爆発間隔を変えた。そして加速力が上がると、今度は車体を含めて別の課題が出てくる。まぁ、ようするに延々とその繰り返しです(笑)。100点満点のマシンを作ることは不可能だと思いますが、理想型があるならそこをめざしたいですよね」
強みを残して、弱みを克服する。その伸び幅が大きければ、もともとの強みが今度は弱みに見えてくる。そこを伸ばすと……。確かにこのチャレンジに終わりはない。そして、それを続けるうちに、全体的にバランスが取れたマシンになっていく。複数項目の評価を示すレーダーチャートはきれいな正多角形を描くのだ。
’19年を占うテストではまた やるべきことが見つかる
’18シーズン最終戦のバレンシアGPが終わった直後、11月20〜21日のバレンシア公式テストで、’19年からホンダライダーとなるホルヘ・ロレンソがRC213Vを走らせた。
ロレンソは左手首と右足に骨折を抱えており、体調は万全ではなかった。RCV初乗りということもあり慎重に走行し、初日は18番手、2日目は12番手という結果に終わった。
もともとロレンソはマシンを深々とバンクさせ、コーナリングスピードを高めることでタイムを削るタイプだ。’08〜’16年はコーナリングマシンとされるヤマハYZR‐M1に乗り、相性の良さを生かして3度のタイトルを獲得している。
しかし、次に乗ったドゥカティ・デスモセディチでは苦戦した。デスモセディチは、マシンをバンクさせる時間をなるべく短くした方がタイムが出せるタイプだからだ。
自分のライディングスタイルを変えることは、いくらMotoGPライダーと言えども容易ではない。ロレンソがデスモセディチで初勝利を挙げたのは、ドゥカティに移籍してから24戦目、ほぼ1年半も後のことだった。
バレンシア公式テストでの結果は、「ロレンソはホンダで苦戦するのでは」という憶測を呼んだ。RCVにコーナリングマシンという印象はない。マルケスも、長く・深くマシンを寝かせるコーナリングを好むライダーではない。デスモセディチとは違った意味で、ロレンソはマッチングに苦しむのではないかと思われた。
だが、それは杞憂だった。バレンシア公式テストのわずか1週間後に行われたヘレス公式テストで、ロレンソはトップから遅れることわずか0・16秒で総合4位につけたのだ。
水面下で作り込まれた ロレンソ好みのマシン
桒田は「ホルヘには『このマシンはダメだ』とは言われませんでした」と笑う。「ただ、『文句ナシ』というわけでもありません。やはりMotoGPライダーはプロフェッショナルですからね。走らせてすぐに良いところ・悪いところを見抜いて指摘してきます。良し悪しというより、自分に合う・合わないという感じでしょうか。すぐに『こうしてくれればもっと速く走れる』という話になりました」
マルケスよりも深々とマシンを寝かしているロレンソの写真も出回った。早くもロレンソが安心してRCVに身を預けていることが分かるものだ。RCVのオールマイティな懐の深さ、そして素性の良さがうまく機能している証だろう。だが、それだけではない。
ホンダは、ロレンソが移籍してくることが決まった’18年6月から、水面下でロレンソに合ったマシン作りを行っていた。それは必ずしも〝ロレンソスペシャル〞ということではない。桒田がさらりと説明する。
「ホルヘのライディングスタイルなら、こういうジオメトリーがいいだろう、こういうセットアップがいいだろうとあらかじめ考えて用意していたのは事実です。それは決して完璧ではありません。でも、スタート時点での外れ量を少なくできれば、彼にいち早くアダプトしてもらえる。それが今のところうまく行っているだけのことですよ」
さらにホンダはバレンシアとヘレス、ふたつの公式テストの間のわずか1週間で、ロレンソが要望する形状のタンクカバーも用意していた。
カーボン製のそれはいかにも粗削りで手作り感満載ではあったが、いち早くリクエストに応えるホンダの姿勢がロレンソのモチベーションを高めたことは間違いない。
事実ロレンソは、レプソルホンダチーム公式インタビューで「テストでもっとも印象的だったのは僕のリクエストへのホンダの対応力だ。タンクカバーの形状はほぼ100%僕の好みだったよ」とコメントしている。
それについても桒田は「ライダーに対してベストのものを用意するのは、メーカーとして当たり前のことですよ。ごく普通のルーチンワークと思ってますけどね。ちょっとカッコよく言わせていただきましたが」と笑う。
100点満点のマシン作りをめざす。ライダーに合ったもの、ライダーが求めるものを用意する。どれも確かに当たり前のことのように聞こえる。だが、その当たり前をさらりと、そしてしなやかにやってのけるのが、今のホンダの強さだ。
「文句ナシ」と言われたことはない。プロライダーは高性能を求め続ける!
青木宣篤の目[HONDA]
青木宣篤(あおき・のぶあつ):’93~’04 年まで世界グランプリに参戦。’97年には最高峰500ccクラスでランキング3位につけ、新人賞を獲得した。現在はスズキのMotoGPマシン、GSX-RRの開発に携わる。トレーニングマニア。
かつてホンダのレーシングマシンは幅広でゴツいフレームを使っていた。それに比べると、最新のRC213Vのメインチューブはずいぶん華奢な印象。ホンダはフレーム剛性を下げる方向に向かっているようだ。
恐らくマルク・マルケスのブレーキングに応えるために、フロントのヘッドパイプはかなり剛性を高めているだろう。ただし、あまりにカッチカチの車体にしてしまうと、今度は曲がらないマシンになってしまう。
そこでメインチューブ全体をうまくしならせることで、ライダーがより自信を持ってコーナリングできるような接地感を得ているのだ。そういう意図を持って開発されたフレームだとワタシは思う。
ホンダはシーズン終盤にはほぼカーボンフロントフォーク、カーボンスイングアームを使っていたが、それもほどよいしなりを生むために活用していたのだろう。
……実はRC213Vとライディングを見ている限りでは、それぐらいのことしか分からない。’18シーズンはやたらと目立っていたドゥカティに対して、ホンダは誰も気付かないようなアップデートを地道に積み重ねていたはずだ。
目立たないということは、それだけ性能に凸凹がなくて、オールマイティに強さを発揮したということ。タイム差もわずかで、レース終盤まで接近戦が続くことが多い今のMotoGPで、きっちりと勝利数を伸ばしてくるのはさすがだ。
’19年はホルヘ・ロレンソの加入でさらに面白いことになりそうだ。マルケスと仲違いしなければ(笑)。
ロレンソの加入
「低くて、コンパクトで、扱いやすい」。’19年にレプソルホンダ入りするホルヘ・ロレンソは、初乗りしたRC213Vについてそうコメントした。つまり彼は、’18年まで走らせていたドゥカティ・デスモセディチは「高くて、大きくて、扱いにくい」と言っている……ことになる⁉ 実際ロレンソは、コーナリングスピードを高めてタイムを稼ぐ得意の走りをいきなり披露した。RC213Vの素性の良さが、ロレンソのモチベーションを高めているのは間違いない。
エンジンの素性
RC213Vのトラクション性能は格段に高くなった。共通ECUは相変わらずのデキで、各メーカーが独自に開発していたオリジナルECUに比べると、制御の精度が低い。とてもではないがトラコン任せの走りなんてできない中、効いてくるのがエンジンの素性の良さだ。ホンダは’17年型で爆発間隔を変更し、’18年型でうまくまとめた。シーズン開幕前に仕様を決めなければならないので大変だったはずだが、シーズン中の水面下での開発が功を奏したのだろう。
31勝を挙げた無冠の王者、ペドロサが引退
世界グランプリ参戦は、’01年から。125ccクラスでは1回、250ccクラスでは2年連続のチャンピオン獲得経験のあるダニ・ペドロサが、18年間にわたるGPライダーとしてのキャリアにピリオドを打つことになった。
MotoGPクラスには’06年から参戦し、ランキング2位、3位ともに3回ずつ。合計31勝を挙げた実力派だが、ついに無冠のまま現役生活を終えることになる。親日派で、ホンダ生え抜きだっただけに、非常に残念だ。
小柄なペドロサにとって、MotoGPマシンを扱うのは相当にハードだったのだろう。繊細すぎるセンサーも災いして、細かいところまで気付いてしまうがゆえに走りに集中できなかった面もある。特に’18シーズンはメンタルがうまく高まらなかった印象。今までならバチッと決まるレースでは圧勝なんて展開もあったのだが……。
’19シーズンは現役を引退し、KTMのテストライダーになるペドロサ。新天地での活躍にも期待したい!
上り調子! 中上の2年目に期待
’18年最終戦バレンシアGPを終えた中上貴晶は、頭を坊主に丸めた。チームスタッフと「10位以内でゴールしたら坊主」と約束していたのだ。
’18年は、中上のモトGPデビューイヤーだ。モト2では2勝を挙げた中上だが、モトGPはまったく歯が立たなかった。最終戦に至るまでシングルフィニッシュはできず、あまりに緻密な走りが要求されるモトGPに戸惑うばかりだった。
しかし中上は、着実に経験を重ねていた。自ら不得意と認めていたレインコンディションとなった最終戦バレンシアGPで、プライベータートップの6位でチェッカーを受けたのだ。坊主頭も笑顔を爆発させた。
その勢いで、閉幕後に’19年に向けて行われた公式テストでは、トップタイムをマーク。秘めていた実力を世界に向けて猛アピールした。
’19年は2シーズン目。「新人だから」という甘えは許されない。その身に付けた自信をもとに、中上の新しい戦いが始まろうとしている。
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