マシン・オブ・ザ・イヤー2018
ホンダコレクションホール20周年特集⑪

二輪市販車初のDOHCエンジンを採用したCB450が走行

2018年7月16日と9月24日、ツインリンクもてぎの南コースでホンダコレクションホール開館20周年記念イベントが開催された。いつもの動態確認テストはレーサーなどが多かったが、今回は20周年記念ということで市販製品特別走行が実施され、ホンダの黎明期から現在までのエポックメイキングなモデルが走行を披露した。

最高速180km/h! 真の世界一を目指した市販車

今では日本のバイクが世界中で支持されているが、1960年代の前半まではビッグバイクといえばBSAやトライアンフなど英国製モデルの牙城だった。当時500ccクラス以上が中心のアメリカ市場でCB77(305cc)が最大排気量だったホンダは、真の世界一をめざすべく新型で大排気量のCB450をアメリカ市場に投入した。世界グランプリ参戦で培われたテクノロジーと、高精度の部品を投入したDOHC直列2気筒のハイパワーエンジンを搭載し、500~650ccの英国車を凌ぐ43psのパワーと180km/hの最高速を発揮した。

オンロードスーパースポーツとしては量産市販車で世界初のDOHCエンジンに、トーションバーバルブスプリングや負圧式キャブレターを採用し、前輪のツーリーディング式ドラムブレーキ、ビッグサイズタンク等、走りを感じさせるアイテムで固められたスタイリングは、海外でも高い評価を得た。その後も10年の長きに渡って生産され、ホンダの尖兵として役割を果たしたCB450は、その座を1969年にCB750フォアに譲った。

【HONDA DREAM CB450 1965年】画像は当時のカタログより。公道向けの市販2輪車で、初めてDOHCを搭載して発売。”450ccで650㏄の性能”を目標に、海外での大型車市場開拓を目指し開発したスポーツモデル。■空冷4ストローク直列2気筒横置DOHC 444cc 43ps/8500rpm 187kg 2キャブレター トーションバルブスプリング

初の大排気量開発プロジェクトはコンドル作戦と呼ばれた

当初、CB77(アメリカではスーパーホーク)の性能を大幅にアッップしてアメリカに投入する計画もあったが、最終的には排気量を拡大したニューモデルを開発することになった。この計画は、製品戦略として急を要しており、また大排気量車(125~250ccが主流だった当時は350~450ccクラス以上をそう呼んだ)にチャレンジする意味もあって、コンドル作戦と名づけられ、1963年に開発がスタートした。

開発目標は、
•500~650ccの英国車を上まわる性能をもつこと。
•高出力とハイメカニズムをセールスポイントにするため、エンジンはRCレーサーなどの最新技術を適用すること。
•装備を充実すること。

などであった。
最初に開発した349ccの試作車によるアメリカでのテストは、まだ英国車に対して性能が不十分という結果であった。翌年11月には全面的に企画変更を行い、349ccの第1コンドル(国内向け)と、ボアアップして444.9ccとなる第2コンドルを並行して開発するこにとなった。結果的には、第2コンドルがCB450として量産されることになった。

トーションバーバルブスプリングを装備したDOHCバーチカルツインエンジンは、CB77(305cc、ボア60mm)の9000rpmに迫る、8500rpmという高回転をボア70mmで可能とし、リッターあたり96.7psを発生させる(1968年発売のCB450ではさらに、リッターあたり101.2psとなる)。

高性能であるが故に英国での市販車レースに参戦できず

黒の主体色とクロームメッキ、そしてシルバー塗装が施されたデザインと強力な発進加速力から、海外では「BigBlack Bomber(黒い爆撃機)」のニックネームが付けられたCB450は、ホンダの大排気量モデルの歴史の始まりでもあった。しかし、DOHCエンジンであるがゆえに、英国のプロダクションレースでは出走を禁じられた。ロードレーサーのような複雑なメカニズムをもち、簡単に100mph(160km/h)を超え、かつ1/4マイル(約400m)を14秒以内で走る車は除外すべき、との意見が存在したからである。一方国内では、市販レーサーの時代に入っていたことで、スプリントレースでの成果はほとんどないが、1968年の鈴鹿10時間耐久レースでは、隅谷/菱木組が優勝を果たしている。

当時のアメリカ向けのカタログより。「King of the Highway」や「World Beater Performance」というキャッチフレーズにホンダの自信が表れている。解説では「世界一のバイクメーカーが世界一のパフォーマンスのモデルを提供する」と書かれており、英国車を露骨に挑発しているが、セールス面でもそれを打ち破るのはCB750フォアまで待たねばならかったと伝えられる。

取材協力:本田技研工業/ホンダモーターサイクルジャパン

いち

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本誌編集長。雑誌は生き残りタイアップ全盛期だというのに、ひとり次期型ネタを嗅ぎまわって反感を買う現代のスクープ魔王。
■1972年生まれ
■愛車:BMW R100GS(1988)

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