市販モデルも装備する驚異のバルブ駆動メカニズム!

【ドゥカティの「デスモ」は何が凄い?】MotoGPとWSBで圧倒的な速さのカギになり、多くの市販車に採用!

2022年シーズン、ドゥカティはMotoGPとワールドスーパーバイクの両方でチャンピオンを獲得! もはやロードレースでは向かうところ敵無し!! ……で、ドゥカティといえばエンジンの「デスモドロミック機構」が有名だけど、それってドカの速さに関係あるの?


●文:伊藤康司 ●写真:ドゥカティ、カワサキ、ホンダ

2022年はドゥカティがロードレースを席巻!

2022 MotoGPチャンピオン フランチェスコ・バニャイア

MotoGPでフラチェスコ・バニャイアがライダーチャンピオンに輝き、ドウカティがコンストラクターズチャンピオン、Ducati Lenovo Teamがチームチャンピオンと三冠を獲得。そしてワールドスーパーバイクではアルバロ・バウティスタがライダーチャンピオンを手にし、ドゥカティがマニファクチャラーズタイトル、Aruba.it Racing Ducatiがチームタイトルと、こちらも三冠。2022年シーズンのロードレースは、ドゥカティの強さが際立った。

もちろんレースに勝つには様々な要素が必要だが、パワーの源であるエンジンに注目すると、ドゥカティにあって他に無いのが「デスモドロミック機構」。ドゥカティファンやメカ好きならよく目耳にするコトバだが、そもそもどんな仕組みで何が凄いのだろう?

デスモドロミックを実用化できたのはドゥカティだけ

1954年にドゥカティが名門モンディアルから迎えたファビオ・タリオーニ技師が、GPマシン用にバイク初のデスモドロミック機構を設計し、1956年の125GPに初めて搭載。図はタリオーニ技師が考案した3本カム方式のデスモドロミック機構。

デスモドロミックとは、4ストロークエンジンの吸排気バルブの強制開閉機構のことで、構想自体は古く、19世紀末から様々な方式が考案された。四輪では1912年のフランスグランプリに参戦したプジョーL76が初めて実装したといわれ、1954年、55年にメルセデスベンツのF1マシンW196が成績を残している。しかしデスモドロミックは構造が複雑で部品点数も多いため実用化が難しく、その後の四輪では日の目を見なかった。

それを実用化に結び付けたのが、ドゥカティの天才技術者ファビオ・タリオーニ氏。1956年に125GPマシンに採用し、市販車には1968年の350マーク3Dに初装備。以来ドゥカティはレーシングマシンやほとんどの市販モデルにデスモドロミック機構を装備。バイクはもちろん四輪車も含めてデスモドロミックを実用化できたメーカーは、じつはドゥカティだけなのだ。

デスモドロミックはバルブスプリングと何が違う?

デスモドロミック
バルブを開くのと閉じるためにそれぞれのカムを装備し、ロッカーアームを介して強制的にバルブを開閉するため、バルブスプリングを持たない(ただし冷間時や極低回転でバルブの密閉度を高めるために、図では省略されているが補助的に柔らかいスプリングを装備している)

一般的なバルブスプリング
図はカワサキNinja ZX-10Rのバルブ駆動周り。カムシャフトがフィンガーフォロワーを介してバルブを押し下げることでバルブを開き、バルブスプリングの力で閉じている。

「デスモドロミック=バルブ強制開閉機構」といわれてもピンとこないかもしれない。そこで一般的な動弁機構と見比べると、デスモドロミックはバルブスプリングを持たないところが大きな違いであり、多くのメリットを生み出している。

まず最大のメリットは「高回転時に正確にバルブを開閉できる」こと。一般的な動弁機構に使われる金属製のスプリングは、高回転になるとカムの動きに追従できなくなったり、伸縮する際に特定の周波数で共振を起こすことがある。

するとバルブジャンプやバルブサージングと呼ばれる現象を起こし、バルブがピストンと接触(衝突)してエンジンが破損する危険がある。しかしデスモドロミックはスプリングを使わずにバルブを閉じるので、高回転でもバルブジャンプやバルブサージングが起こらないのだ。

一般的な動弁機構で高回転まで正確かつ安全に回すには、スプリングを強化したりレートの異なる2種類のスプリングを重ねて使用する必要がある。しかしスプリングの強化や二重スプリングは、バルブを開くときに強い力が必要になり、これがけっこうなパワーロスを生んでしまう。対するデスモドロミックはパーツが接触する摩擦ロスしかなく、パワーロスは極めて少ない。これも大きなメリットだ。

また、高回転時にバルブがカムを追従できなくなるのは「カム山の形状」も影響する。高回転・高出力エンジンの場合、とくに吸気バルブは「パカッと一気に大きく開いて、徐々に閉じていく」ようなカム山の形状(プロフィール)が理想的だったりする。しかしバルブスプリング的には、そういった形状のカムだと共振してバルブサージングを起こしやすくなるため、実際には開く時と閉じる時が「おおむね対称」なプロフィールが望ましい。

しかしデスモドロミックはバルブスプリングを使わないので、カムのプロフィールの自由度が大きく、これは高回転・高出力化にかなり有利だ。じつは近年のスーパースポーツ系エンジンで増えてきたフィンガーフォロワー式(先の図解で紹介したカワサキNinja ZX-10Rも採用)は、以前のカム直押し式よりもカムのプロフィールの自由度はかなり増しているのだが、それでもデスモドロミックには及ばない部分があるといわれる。

それならデスモドロミックにデメリットはないのか? といえば、もちろんある。一般的なバルブスプリング式に比べてかなり部品点数が多く、カムシャフトもオープン側とクローズ側を持つ特殊な形状(一般的なバルブスプリング式はオープン側のみ)なので、まずは製造コストがかさむ。そして部品点数の多さは、緻密に設計・製造しないと摩擦ロスの増加につながる。

またバルブクリアランス(カムやロッカーアーム、フィンガーフォロワーと、バルブステムとの隙間のこと。熱膨張に対応するため、適切な隙間が必要)を調整するのも一般的なバルブスプリング式より難易度が高いため、メカニックにもスキルが要求される。

というワケで、これらのデメリットを克服するのはけっこう大変。長くデスモドロミックを手掛け、技術を磨き上げてきたドゥカティだから実用化が可能だった、と考えられる。

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