『自二車は中型二輪に限る』

特集:あの頃の中型【映像で蘇る青春名車走行インプレッション】

  • 2019/1/28

昭和50年(1975)10月1日に免許制度が改正され、401cc以上のバイクに乗るためには大型免許(=限定なしの自動二輪免許)が必要になった。しかも、大型免許は教習所で取得することができなくなり、運転免許試験場で実技試験をクリアすること(いわゆる限定解除)がマストとなった。これにより難易度は急上昇し、以降、国内の市場は中型バイクが主流となっていく。本特集ではレプリカブーム以前、中型黎明期のヒット作を走行映像&インプレッションも交えて紹介する。

#1:スズキGS400 vs ホンダHAWK2(ホーク2)

昭和51~53年「2気筒の時代」

スズキGS400は、2スト専門メーカーとも言えるラインナップを展開していたスズキが手がけた、GS750に続く4ストマシン第2弾。エンジンはこのクラスでは当時唯一のDOHC2気筒で、180度クランクを採用した。対するホンダ ホーク2は、CB400フォアの後継モデルとして登場。360度クランクや2軸バランサーを採用したSOHC3バルブ(吸気2、排気1)の並列2気筒エンジンを搭載し、最高出力は40ps。CDI点火、コムスターホイールなど、魅力あるメカを採用していた。

#2:カワサキZ400FX

昭和54年「4気筒再び」

それまで全盛を誇った2気筒のブームを収束させたのが、カワサキのZ400FX。CB400フォア以来途絶えていた待望の4気筒は、DOHCヘッドを採用し一気にナンバー1セールスを記録した。来るべき’80年代に向け、次期戦力機としてFXが投入されたのは、昭和54年(’79)の春。角張ったフォルムの大柄な車体はZシリーズの上級モデルを思わせ、発売されると瞬く間に中免ライダーを虜にしたのだ。

#3:ヤマハRZ250/RZ350

昭和55年「2ストの台頭」

1970年代(昭和45年~)、国内における250ccクラスの人気は低迷していた。車検がないためコスト的に有利だが、当時は車体設計が400ccと共通化されるのが普通で、多くのモデルに350ccや400ccの上級モデルが存在していた。そのため、どうしても格下グレードの印象が拭えず、250ccは魅力に乏しかったのだ。そんな時代背景の中、’79年(昭和54年)の東京モーターショーにRZ250は鮮烈デビューを果たした。レーサーの技術をダイレクトにフィードバックするというレプリカの手法で登場した公道版TZに人気が殺到、見事に2ストが返り咲いたのだ。

#4:ヤマハXJ400D & ホンダCBX400F

昭和54~57年「4気筒全盛」

1979年(昭和54年)、カワサキのZ400FXで火ぶたが切られた400㏄4気筒ウォーズに、2番目に参入したのはヤマハだった。FXに遅れること約1年、’80年(昭和55年)6月に発売されたXJ400は、やはり空冷2バルブDOHCエンジンを搭載していた。バーハンドルで2本リヤショック、フロント19インチで車格も大柄…と、FXとの共通点は多かったが、これは当時最良と思われるスペックを集めた結果である。一方のホンダは、ヨンフォアの生産終了後、2気筒のホークⅡ、ホークⅢをリリースしてきたが、ついに’81年(昭和56年)11月、400cc戦線に突入。CBX400Fが解き放たれたのだ。さすがに最後発だけあり、エンジンは空冷DOHC4バルブを採用した超コンパクトな並列4気筒を新開発。最高出力はクラストップの48psを発揮したのだ。

#5:ホンダCB400フォア

昭和51年「元祖中型限定」

CB400FOUR(CB400フォア)は、CB350フォアをベースとしたリニューアルバージョンとして’74年12月(昭和49年)に発売。クラス唯一のSOHC4気筒エンジンを登載、海外で流行の兆しのがあったカフェレーサーのスタイリングを取り入れ、低いコンチハンドルや管楽器のように美しい集合マフラーを備えて話題となった。当初は、408ccの排気量だったが、’75年10月(昭和50年)の免許制度改正により、’76年3月(昭和51年)からは398cc仕様も用意された。

※取材協力:ZEPPAN UEMATSU
※ヤングマシン2009年9月号掲載コンテンツをベースに再構成

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カサ

カサ いわゆる"Web担"的黒子

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研二くんのゼッツーに憧れるも手が届かずZ400GPで卒輪(そつりん)した"自二車は中型二輪に限る"世代。あれから30余年を経てまさか再び二輪の世界に触れることになろうとは人生何が起こるかわからんもんだ(笑)