アサケンが消える?!

ホンダ二輪R&Dセンターが本田技研工業と一体化へ

  • 2019/2/23

short news

2019年2月19日、本田技研工業の八郷社長が会見を開き4月1日からの来期に向けた取り組みを発表。事業運営体制変更についても語られ、バイクでは2輪事業本部と2輪R&Dセンターを組織として一体化させることが明らかになった。

2輪の開発は本田技術研究所から分離される

ホンダの製品は、本田技術研究所が開発し本田技研工業が生産している。研究所は技研への図面の販売と製品の売り上げから取るマージンが収益だ。ホンダは元々、本田技術研究所として設立され、1948年に本田技研工業として株式会社化された経緯がある。1957年、組織が拡大するにしたがい研究部門は本社や製作所から分離した事業所である技術研究所として発足し、1960年に株式会社本田技術研究所として会社組織としても独立するに至っている。

そして今回の発表によると、2019年4月から研究所の一部門である「2輪R&Dセンター」が技研の2輪事業本部と一体化されることになり、バイクのみ技研が一貫して開発から生産までを行うことになる。その目的については「従来の日本・欧米メーカーに加え、中国やインドのメーカーとの競争がさらに激しくなっています。また、各国での環境規制強化への対応、新たな市場の拡大に向けた取組みが必要となるなど、事業環境はこれまで以上に急激に変化を続けています。そのような状況の下で、2輪事業全体でさらに一体となり、競争力を高めていく必要があります」と八郷社長は説明している。

1960年、株式会社本田技術研究所設立時の記念写真。世界グランプリ参戦のRCレーサーも写真に収まっており、当時は2輪が花形だったことが分かる。それから約60年後、研究所の2輪部門は本田技研工業に吸収されることになる。

2輪開発はスピード重視の時代

本田技術研究所を法人として独立させた藤澤武夫副社長(当時)の想いは、「本田技研がここまで伸びてきたのは社長(本田宗一郎のこと)の考えた図面が良かったからだ。しかし、いつまでも一人の天才の能力に頼ってはいられないから、それに代わる集団としての能力をいかに組み合わせ、全体として向上させていく仕組みをつくり上げていくかを考えるべき」というもの。一方、本田宗一郎社長(当時)は、「設計に関する基礎的研究や試作品についての実験研究は、バランスシートにじかに反映するようなものではなく、効果を実測することのできない極めて地味な性質のものですが、この意義は極めて大きいものがあります」と、研究所の役割について考えを述べている。

’50~’60年代当時に、研究開発の重要性を認識していた本田宗一郎社長と藤澤武夫副社長が生み出した組織が本田技術研究所で、本社の業績などに直接左右されることなく世の中に求められる技術を探求できる体制が実現した。ある意味、技術勝ちとも言えるホンダの製品はこの伝統に根付いたもので、これがそのままホンダブランドのイメージに結びついてきたと言える。4輪においては開発を従来通り研究所管轄とするのは「新技術と商品開発が密接に結びついている」というのが理由で、その文脈から推測できるのは2輪には技術開発の余地があまり残されていないということだろう。さらに、現在2輪で重視されるのは、「コスト、品質、開発スピードを高め、グローバルでの競争力を確保していくこと」(八郷社長)になるのだ。

本田宗一郎氏(左)と藤澤武夫氏。スーパーカブを生み出し、2輪世界グランプリを制覇した二人は、ホンダを世界一のバイクメーカーに育て上げた。現代のホンダは航空機まで生産する総合モビリティメーカーと言える存在で、2輪開発の合理化は時代の変化に応じた必然と言えるものだろう。

アサケンはものづくりセンターに?!

長らくホンダの二輪開発は本田技術研究所の朝霞研究所で行われており、業界では「アサケン」と呼ばれ、現在でも名残が残っている。そのアサケンは’06年の組織体制の強化により二輪開発センターと名称を変更しており、実際はすでにアサケンの名称が消滅してから10年以上の歳月が経過しているのだ。’10年頃には二輪開発センター→二輪R&Dセンターと名称を変え、’19年4月以降は「ものづくりセンター」と改変される見込みだ。

本誌が取材したところ、研究所の2輪R&Dセンターが二輪事業本部に吸収されても「研究所の独立性の思想は変わらない」という。その核となるのが、ものづくりセンターでこれまで通り朝霞を拠点に活動を継続することが決まっている。また、2014年からは熊本製作所にも2輪R&Dセンターが進出しているが、そちらもこれまで通り拠点として機能する。新体制になっても目に見える大きな変化はなさそうだが、開発の指揮系統は抜本的に変化するので、数年後の製品ラインナップは様変わりしているかも知れない。

時代に合わせて組織も変わる。写真は埼玉県朝霞市にあるホンダ2輪R&Dセンターの旧看板。上は懐かしの朝霞研究所時代のもので下は短命だった二輪開発センター時代のもの。次の看板は本田技研工業ものづくりセンターに?!

関連する記事/リンク

※本記事の内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。

いち

いち

記事一覧を見る

本誌編集長。雑誌は生き残りタイアップ全盛期だというのに、ひとり次期型ネタを嗅ぎまわって反感を買う現代のスクープ魔王。
■1972年生まれ
■愛車:BMW R100GS(1988)