スズキ伝統の油冷エンジンが復活。スズキは東京モーターショー2019で、新設計の249cc油冷SOHC4バルブ単気筒エンジンを搭載したネイキッドのジクサー250とフルカウルスポーツのジクサーSF250を参考出品車した。なぜいま、油冷なのか? 開発陣に真意を問う!
TEXT: Toru TAMIYA
日本仕様の発売も期待できそう!
ジクサー250/SF250は、世界初公開というわけではない。2019年5月にジクサーSF250、8月にはジクサー250がインドで発売されている。しかし東京モーターショー2019で参考出品されたこの2機種は、インドで必要となるサリーガードを装備せず、前後ラジアルタイヤがインドMRF社製からダンロップのスポーツマックスGPR-300に換装されるなど、日本仕様の発売が期待できる内容となっていたのだ。
シリーズ最大の特徴は、スチール製フレームに搭載される新開発の油冷単気筒エンジン。1985年の初代GSX-R750以降、スズキのアイコンとなってきた油冷エンジンは、2008年にGSX1400が生産終了となったことで、一度はその歴史に幕を下ろした。そんな伝統の復活に喜ぶファンも多いと思うが、じつは今回の油冷はかつてのシリーズとは構造が異なり、シリンダーヘッドのもっとも高温になる部分を効果的に冷やす、水冷に近いような構造となっている。そして、かつての油冷はレースで勝利するために生まれたが、ジクサー250シリーズで油冷が復活されたのには、これとは方向性がかなり異なる狙いがある。チーフエンジニアの野尻哲治さんとエンジン設計担当の森公二さんに、新型油冷エンジン導入の背景とストロングポイントを聞いた!
コンパクトで軽量という油冷の特長を生かす
編集部:スズキの油冷復活に小躍りしたファンも多いと思います。なぜこのタイミングで、油冷エンジンを導入したのでしょうか?
野尻さん:そこには、ジクサー250シリーズのコンセプトが関係しています。同シリーズは、先進的なデザインのスポーツバイクを、若者の手が届く範囲で提供するというテーマで開発しました。そこで、小型軽量というメリットがあり、空冷よりは高性能だけど、水冷よりも軽量で部品点数を減らせるというちょうどよさがある油冷を選択しました。油冷エンジンには、水冷と比べて部品点数が少ないという特徴もあり、これにより結果的に生産コストダウンも実現。エントリー層や若年層にも受け入れられる価格と性能のバランスを狙いました。
森さん:エンジン単体としては、高出力ながら小さくて軽く、最新の厳しい環境規制をクリアできて、操作性や耐久性にも優れるというのがコンセプト。その中で小型軽量という部分を実現するために、油冷というシステムとSOHC4バルブの構造を選択しています。そもそもエンジンの冷却方式というのは、そのエンジンがどれくらい放熱したいのかということから、最適なものが決まります。ジクサー250シリーズのコンセプトを考えたとき、空冷では少し足りず、水冷ほどまでの性能は必要ないと判断しました。空冷、油冷、水冷と聞くとどうしても、水冷が最高峰みたいな捉え方をされがちですが、水冷エンジンには当然ながら冷却水を使用するので、それだけでも1kgは重くなります。さらにウォーターポンプやサーモスタット、ラジエターやホースやキャッチタンクも必要。つまり、高性能ですが重くなります。ジクサー250シリーズの場合は、そこまでハイスペックでなくても成立するという判断から、油冷という結論に至りました。
編集部:我々としてはなんとなく、衝撃的な油冷復活というような感覚なのですが、じつはスズキは、GSX1400の生産終了(2009年ファイナル)後も油冷エンジンの研究開発を進めていたのでしょうか?
野尻さん:はい、そのとおりです。東京モーターショー2015では、原付一種クラスの「フィール フリー ゴー!」というコンセプトモデルを展示しました。当時はあまり目立たなかったかもしれませんが、そちらにも油冷エンジンを搭載。そして「燃焼室の高温になる部分に、速い速度でオイルを流し効果的に冷却を行う、新開発の油冷システム」と、ジクサー250シリーズのエンジンにつながる構造を採用しています。
編集部:SACS(Suzuki Advanced Cooling System)と呼ばれたかつてのスズキ油冷エンジンは、シリンダーヘッド部にエンジンオイルを噴射して冷却する構造だと認識しています。今回の新型エンジンは、それとは構造が大きく異なり、水冷エンジンのウォータージャケットに相当するようなモノがあるように見えるのですが、これはどういうシステムなのでしょうか?
森さん:従来のSACSは、クーリングジェットによりエンジンオイルを上から噴射していたことから、点で冷やしていたようなイメージ。対して新型エンジンに採用したSOCS(Suzuki Oil Cooling System)は、燃焼室の周囲にオイルジャケットと呼ぶ細い冷却用オイル経路を一筆書きのように張り巡らすことで、熱伝達面積を拡大しています。かつての構造と比較して、冷却面積は約30倍。高効率化により、空冷エンジンと同じようなシリンダー部の冷却フィンは不要となりました。オイルジャケットの実現には、鋳造技術や検査技術の向上が大きく関係しています。
編集部:かつての生産技術では実現が難しかったシステムということですか?
森さん:オイルジャケットは直径7mmほど。鋳造技術のレベルが高くないと、途中で破損してしまいます。また検査技術が低いと、生産時にトラブルが発生していないかどうかを調べることができず、市販化は不可能です。冷却に関する概念は昔からそれほど変化しておらず、広い受熱面積を確保し、媒体をなるべく速い速度で当て、その媒体をなるべく低い温度にしてあげることで、冷却性能は高まります。今回の油冷構造は、このうち受熱面積が大幅に拡大できるという点で優れています。ちなみにオイルジャケットの7mmという直径は、オイルをなるべく速く流すために設定したものです。細くすることで流速が上がりますが、生産技術との折り合いという点から、この数値になりました。鋳造技術は、社外の協力も得て確立しています。生産はインドですが、現在のインドは他メーカーの工場進出が盛んなことからもおわかりいただけるように、非常に高いレベルを有しています。
編集部:動弁系にはSOHC4バルブが選択されています。これにはどのような狙いがあるのでしょうか?
森さん:開発コンセプトである小型軽量を実現するときに、カムシャフトは本当に2本必要なのかという疑問が生まれました。バルブを動かすためには、1本でも成立します。小型軽量化を図るなら、当然ながら1本が有利。摺動部が減るため、フリクションロスの低減にもつながります。これがSOHCをチョイスした理由です。一方で、ある程度のハイパワー化も求めたので、それを実現するために4バルブとしています。
このエンジンでの今後の展開は……
編集部:これだけ小さくて軽いエンジンだと、汎用性も高そうです。ジクサー250シリーズが日本で発売される前からこんなことを聞くのもどうかと思うのですが、今後の展開も気になるのですが……。
森さん:当然ながら、現段階で我々としてお答えできることはありません。しかし開発者のひとりとしては、ここまで小型軽量なエンジンを開発することで、バリエーション展開にもつながると信じて開発しました。
編集部:ところで、車体に関しても気になるところです。ジクサー250シリーズには、開発のベースとなったフレームがあるのでしょうか?
野尻さん:基本的には、現在日本でも発売しているジクサー150のフレームレイアウトを踏襲しています。ただし、250として開発するにあたり、すべて見直しているので、同じ部品はひとつもありません。構成のみが似ていると考えていただければと思います。
編集部:エンジンは驚くほどコンパクト。それを考えると、車体はもっと小さくできたようにも思えるのですが……。
野尻さん:エンジンはとにかく小型軽量にしましたが、これに対して車体にはある程度の余裕を持たせてあります。若年層に目を向けてもらいたいという想いがあって開発しているので、市街地などで映える車格が必要と考えました。ワイドな前後タイヤを装着したり太めのフロントフォークを採用したり、マフラーエンドを単気筒ながら敢えてデュアルデザインにするなど、ルックスからも若年層が興味を抱いてくれるような工夫をしています。このエンジンを使えば、技術的にはもっと小さなバイクに仕上げることもできますが、近年の若年層は体格も大きくなっていているので、そこにも配慮しています。
編集部:今回は参考出品車としての展示です。市販に関することは発言できないと思いますが、ショーに飾られた参考出品車とインド市販版で、仕様が異なる部分を教えてください!
野尻さん:サリーガードを省き、サイドスタンドスイッチを装着して、タイヤはダンロップ製に換装。あとは一部の表面処理が異なるくらい。ちなみにエンジンに関しては、日本とインドで排出ガスや騒音に関する規制に若干の違いがありますが、もしもジクサー250シリーズを日本で発売するとなっても、それほど大きな仕様変更は施さずに導入できます。
編集部:それは我々としても、早い時期の日本仕様導入に期待が高まりますね!
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