マシン・オブ・ザ・イヤー2018
昭和~平成を駆け抜けた国産名車たち

日本車LEGEND#1(昭和44~48年)世界一への挑戦

日本が生んだ伝説の名車たちを紹介する新シリーズ。国産市販バイクが世界の頂点に上り詰めた昭和44年(1969年)から現代に至る50年の間に登場した”エポックメイキングなロードスポーツ”をテーマに、数回に分けてお届けします。

CB750フォアを尖兵に日本の4大メーカーが世界の頂点に君臨する時代が幕を開けた

今でこそ日本の4大メーカーが世界の4大メーカーと呼ばれ続けて久しいが、そこへ至るまでには先人たちのたゆまぬ努力と開発競争があった。イギリス製バイクこそが正統ロードスポーツであり、日本車はその追従者と見なされていた時代。ホンダCB450やカワサキW1といった大排気量ツインによって日本製市販車が世界水準へと迫りつつあったなか、名実とも世界一の座に就いたのは昭和44年、高度経済成長期終盤の出来事であった。その年は、テレビアニメ「サザエさん」の放映が開始され、東名高速道路と西名阪自動車道が全線開通した年でもある。

量産車世界初の4スト4気筒 CB750FOUR

【HONDA CB750FOUR 昭和44(1969)年】主要諸元■空冷4スト並列4気筒SOHC2バルブ 736cc 67ps/8000rpm 6.1kg-m/7000rpm■218kg(乾)■F=3.25-19 R=4.00-18

1961年、新興メーカーのホンダが世界GPで年間王者に輝き、一躍、日本車の存在を世界に知らしめた。しかし、当時の市販スポーツは、トライアンフに代表される英国車の独壇場。日本車は実用車や小排気量モデルしか存在せず、歯が立たない時代だった。そんな中、’69年に放たれたCB750フォアが時代を変える。馬力、最高速、排気量、全てにおいて世界ナンバー1を目指して開発された車体は、国産最大の736ccに加え、市販車初の直列4気筒とディスクブレーキを搭載。最高速は量産車で初めて200km/hを突破し、世界中の度肝を抜いた。レースでも強く、同年の鈴鹿10時間耐久、’70デイトナを制覇し、文句なしの世界最速モデルとなったのであった。

ライダーの目に飛び込むようにセットされた240km/hと1万1000rpmフルスケールの巨大なメーターは、それだけで十分にCB750 の性能を物語っていた。

 

世界初の2スト3気筒車 500SS MACH III

【KAWASAKI 500SS MACH III 昭和44(1969)年】主要諸元■空冷2スト並列3気筒ピストンバルブ498cc 60ps/7500rpm 5.85kg-m/7500rpm■174kg(乾)

CB750フォア登場の少し前に、カワサキが世界最速を目指して放ったのがマッハIIIだ。500ccとしたエンジンには、世界初の2スト空冷トリプルを選択。3気筒は当時主流の2気筒に対しパワーで優位なのはもちろん、冷却効果の向上やミッションの小型化といったメリットもあった。CB750フォアより34kgも軽い車体に、リッターあたり120psを達成した強力エンジンを搭載したため、その加速は強烈の一言。「暴れ馬」と称され、大きな衝撃を与えた。

レーサーですでに実績を上げていたCDI 点火システムを市販車に投入。ピストンバルブも採用され、徹底的なパワーアップが図られた。

 

2000GTと兄弟車となるヤマハ初の4スト車 XS-1

【YAMAHA XS-1 昭和45(1970)年】主要諸元■空冷4スト並列2気筒SOHC2バルブ 653cc 53ps/7000rpm 5.5kg-m/6000rpm■185kg(乾)

対米輸出もにらんで、2スト専門メーカーだったヤマハが初めて挑んだ4ストモデル。デビュー当時は既にホンダがCB750フォアを発売していたが、これを追従せず、ビッグツイン路線を歩んだ。開発にはトライアンフ・ボンネビルが参考にされ、同様の空冷バーチカルツインをダブルクレードルフレームに搭載した。後のSRに通じる美しいスタイリングを手掛けたのは、GKダイナミックスの石山篤氏。ちなみに、エンジンには、当時、ヤマハが造っていたトヨタ2000GTの技術を応用。6気筒中の2気筒分を取り出し、ストロークを1㎜縮めて653㏄化。DOHCをSOHCに変更した以外は、バルブ挟み角やバルブ径まで2000GTと同じという。

 

日本初の量産水冷車が“水牛”ジーナナ GT750

【SUZUKI GT750 昭和46(1971)年】主要諸元■水冷2スト並列3気筒ピストンバルブ 738cc 67ps/6500rpm 7.7kg-m/5500rpm■214kg(乾)

CB750フォアの対抗馬として開発された国産量産車初の水冷マシン。エンジン形式はいま振り返ると希少な水冷2スト3気筒で、当時としては珍しいアルミ製ラジエターの採用や、3発ながら騒音低減と低速トルク向上を狙った4本出しマフラーも特徴的だ。開発目標は最高速狙いではなく、ツーリングバイクとしての余裕を出すことに留意したという。そんな、上質なグランドツアラーとして開発されたGT750ではあったが、’72年のデイトナレースでは最高速度が280km/hに達するほどの猛スピードを発揮し、ライバルを圧倒。残念ながらマイナートラブルに泣いて結果は残せなかったものの、その潜在能力の高さを世界的に印象づけた。

 

世界初の量産DOHC4気筒車 Z1

【KAWASAKI 900 SUPER FOUR [Z1] 昭和48(1973)年】 主要諸元■空冷4スト並列4 気筒DOHC2バルブ 903cc 82ps/8500rpm 7.5kg-m/7000rpm■230kg(乾)■F= 3.25-19 R=4.00-18

レーサー譲りのDOHCを大量生産車で初採用し、’72年秋にデビュー。排気量は、直4最大の903㏄で、究極のナンバー1を意味する「Z1」の型式名が後に一般化した。当初は750ccで開発していたが、先にCB750フォアが登場。「ホンダを完全に打ち負かすには、さらに完璧を期すべし」と、900ccを採用した。結果、200km/hオーバーの最高速はもちろん、ゼロヨンも12秒フラットとCBを完全に凌駕。北米はもとより世界各国で飛ぶように売れた。また、曲面で構成され、優雅さを感じさせる堂々としたスタイリングも新時代の到来を感じさせるものだった。Z1はレースでも活躍し、’74年の欧州耐久選手権を制覇。ボルドール24時間では表彰台独占の快挙も成し遂げる。

 

“国内仕様”誕生の走り Z2

【KAWASAKI 750RS [Z2] 昭和48(1973)年】主要諸元■空冷4スト並列4気筒DOHC2バルブ 746cc 69ps 5.9kg-m■230kg(乾)

排気量自主規制から国内仕様には750cc版のZ2が用意された。車体はZ1とほぼ共通だが、エンジンは専用に最適化。大いに人気を博し、CBを圧倒した。

”ゼッツー”のエンブレムは750。”ゼットワン”はこれが900になっている。

【まとめて写真を見る】

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ヨ

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帰ってきたネイティブ足立区民。ヤングマシン、姉妹誌ビッグマシンで17年を過ごしたのち旅に出ていた編集部員だ。見かけほど悪い子じゃあないんだぜ。
■1974年生まれ
■愛車:MOTOGUZZI V7 SPECIAL(2012)

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